伝記作家ウォルター・アイザックソンによる『イーロン・マスク』では、全編にわたってマスク氏がアスペルガー症候群であることが強く示唆されている。少なくとも強迫性障害の持ち主だ。遺伝からなのか、父親の虐待からなのか、生まれ育った南アフリカの粗野な環境からなのかは分からない。「私は苦しみが原点なのです」とマスクは告白する。
同著ではマスク氏が南アフリカを脱出し、ペイパル・マフィアとして台頭し、スペースX社を設立してロケットを宇宙に飛ばし、電気自動車で自動車産業を一変させ、ツイッター社を買収するまでのスリリングな半生が描かれている。しかしどこか冗長で(実際日本語版上下900ページと長い)、既視感のある出来事の繰り返しにみえるのは、実際にマスク氏の人生が強迫観念に捕らわれた行動の繰り返しだからである。共感力に欠け、他者の心の痛みが分からず、感情のままに当たり、喚き散らす。その一方で異常ともいえる集中力と執念を持ち合わせる。だから、ロケットを開発する時も電気自動車を開発するときも一緒である、従業員に「気が狂うような切迫感をもって仕事をしろ」と強要し、無理難題ともいえる課題を突き付ける。リスクを進んで取ることで、周囲の危機感を煽り、強迫観念を共有させる。だが自身も驚異的な集中力と執念をもって働くだけではなく、ボトルネックを直観的に発見し、ブレークスルーを見出す。
アイザックソンはこう指摘する。
「自信満々、大胆不敵に歴史的な偉業に向けて突きすすむなら、ひどい行動や冷酷な処遇、傍若無人なふるまいも許されるのだろうか。くそ野郎であってもいいのだろうか。答えはノーである」
だが一方でこうも指摘する「偉大なイノベーターは、(中略)、むちゃだったり、周りが眉をひそめるような人間だったり、それこそ、毒をまき散らす人間だったりする。クレイジーなこともある。そう、自分が世界を変えられると本気で信じるほどに」。
『スティーブ・ジョブズ』も著したアイザックソンは、イーロン・マスクとスティーブ・ジョブズが似ていることを指摘する。ともに強迫性障害で、激情で回りを振り回し、その大きな渦でイノベーションを起こしていく。
だが今回私が指摘したいのは、「経営の神様」松下幸之助との共通点である。
神様と崇め建てられる松下幸之助であるが、部下を失神させるまで叱責したりと激情型リーダーでもある。ジョン・P・コッターは『幸之助論』で次のように指摘している。
「悲劇続きの人生は、自分は失敗を超えて生き残れる、だからリスクに挑むことができると彼に教えた。この一連の経験が途方もなく大きく複雑な感情―苦痛、怒り、恥、屈辱など―を呼び起こし、それが強力なエネルギーの源になった」。
世界一の富裕化になろうとも幸せにはなれないし、人格者にもなれない。マスク氏自身が認めている。
そろそろわれわれも認めなければいけない。偉大な経営者は、偉人とは限らないということを。(光山忠良)