クリス・ミラー『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』(ダイヤモンド社)

大手印刷会社が半導体のフォトマスクなどを製造しているとはいえ、半導体産業は印刷産業とはさまざまな面で対照的である。70年余りの歴史しかない部品でありながら、今や電動歯ブラシから自動車まであらゆる製品に欠かせない基幹機器であり、グローバル経済に組み込まれており、国家安全保障のカギであり、ハイテク産業である。かたや印刷産業は、伝統的かつ成熟産業であり、何より熾烈なグローバル経済に組み込まれていない内需型産業である。私は著書で『20年で40%も減少してしまった主要産業は印刷業しかない』と書いてことがあるが、確かに国の定める産業区分ではそうであるけれども、政治的圧力や新興国のキャッチアップに飲み込まれ、世界的シェアを約50%から約10%に落としてしまった日本の半導体産業の凋落とは比べるまでもない。「印刷産業はめぐまれている」と発言された印刷業界団体の長の発言はその意味で正しい。

今回紹介する『半導体戦争』は、70余年の(スリリングな)半導体の歴史書といってもいい。邦訳の副題は「世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防」であるが、国家という枠に留まらず、さまざまな起業家や研究者、企業といったプレイヤーが、半導体産業の頂点を巡って技術力を競い、シェアを争いながら、基幹産業へと育て上げていく。54章という大著ながら、章それぞれが魅力的なエピソードであり、読んでいて飽きない。

多数のプレイヤーが出てくるが、台湾のTSMCによるファウンドリ(半導体チップ製造専門会社)モデルがいかに革命的だったのかが分かる。著者が「グーテンベルク革命」(印刷革命)に比類する革命と呼んだ、半導体設計会社とファンドリの分離は、半導体設計の民主化をもたらし、あらゆる製品分野での技術革新が起こった。

だが、半導体設計は民主化されたが、ファンドリはTSMCによる寡占状態となった。それがグローバルサプライチェーンの脆弱さ、そして国家の安全保障の脅威をもたらし、半導体技術は再び国家間競争に移行しようとしている。

再度指摘するが、コンテンツと製造の分離こそが、グーテンベルク革命の本質かもしれない。画像生成AIの民主化により誰でもコンテンツを生成できるようになった今、無数のコンテンツクリエイターといかにつながるかが、これからの印刷会社の鍵となるかもしれない。

ともかく、この本を読むと、漠然としていた熊本県のTSMC工場の存在感がよりくっきりしてくる。知的好奇心をくすぐるにも、今や世界最重要になった技術を知るにも、うってつけの本である。

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