リカードの比較優位論とともに自由主義貿易が台頭し、世界大戦と大恐慌による低迷期を経て貿易が復活し、グローバル・サプライチェーンの発達により国際貿易が頂点に立ったものの、オフショアリングとアウトソーシングの欠陥が露呈してモノのグローバリズムが衰退したという筋立てもいい。「コンテナ物語」の著者らしく、蒸気船と電信、そして1956年のコンテナ輸送の実用化が国際物流の発達に大きく寄与したという視点もいい。
問題点は一つだけだ。「事実」である。著者は「モノが衰退した」つまり国際物流が衰退したとし、その根拠として製造業の世界経済における割合が低下したことを挙げている。しかし、国際物流がなおも堅調な伸びを示しているのは、世界の港湾におけるコンテナ取扱個数が2011年から2021年までに1.4倍に増えていることからも明らかだ。
著者の見誤りの原因はいくつかある。1つはサービス業と比べた相対的な割合の低下をして製造業の衰退と判断したことである。2つめはグローバル・サプライチェーンが行き詰ったからと言って、つまり仕掛品の物流が減少したからといって、完成品の輸出入が減少しているわけではないということである。3つめは、先進国の製造業の空洞化を製造業の低迷と同一視していることである。
4つめが重要である。グローバリゼーションの主役は「モノ」から(サービスや情報などの「アイデア」に取って代わったと著者はいうのだが、両者ははたしてトレードオフの関係にあるのだろうか。著者の言うように、個人消費がCDからデジタルストリーミングへ、自動車の所有からカーシェアリングへと、簡単に言えばアトムからビットへと、所有からシェアへと移行していることは確かである。では、だからといって自由貿易が否定されたことにはならないだろう。人々はアイデアの消費も、モノの消費も旺盛なのである。