【インタビュー】兵藤伊織氏に聞く、デジタル印刷の可能性と導入のポイント

兵藤伊織氏は「デジタル印刷愛」で印刷業界でも有名なコンサルタント。20249月にデジタル印刷専門のコンサルティング会社「パラシュート株式会社」を設立した。長年デジタル印刷の現場で働かれて得た知見をもとに、デジタル印刷のポテンシャルと導入のポイントについて伺った。(聞き手=光山忠良)

兵藤伊織氏

九州でのデジタル印刷の成功事例を示したい

――兵藤さんは生まれも育ちも横浜でいらっしゃいますが、福岡で会社(パラシュート株式会社)を設立されたのですね。どういった経緯ですか。

兵藤氏 一つは「福岡の街が好き」という私のわがままです。空港から街が近いし、食べ物もおいしい。

もう一つは真面目な話で、九州でのデジタル印刷の成功事例をあまり聞かないというお声が、複数のメーカーから聞かれたということです。それならば九州でデジタル印刷の成功事例を作ってみせようという気持ちを起こさせました。現在は首都圏の仕事が圧倒的に多いのですが、ぜひ今後は九州のみなさまとお仕事をさせていただきたいと考えています。

――20249月に会社を設立されたばかりですが、台湾に行かれたり、東京で講演されたりと大忙しですね。

兵藤氏 (大手医療機器メーカーで)デジタル印刷の仕事をしていた時から、いろいろな方とのパイプがありましたし、やりたいこともたくさんありましたから、設立してすぐいろいろな案件をさせていただいています。台湾に行ったのは、親日家の方が経営されているカフェが台湾にあり、日本の書籍を扱われている。それでは日本のフォトグラファーの写真集をデジタル印刷で製作して在庫レスでお届けするという仕組みをご提供しようと、日帰りで商談してまいりました。

フォトグラファー支援も当社のコンサルティングメニューの一つですが、圧倒的に多いのがデジタル印刷に関する支援です。工場で眠っているデジタル印刷機をどうにか回したいとか、これからデジタル印刷機を導入したいと思われている印刷会社様をご支援しています。

デジタル印刷は営業パーソンが一件一件の仕事のためにお客様のもとに出向いて伝票を切るというスタイルでは利益が出ませんので、デジタル印刷の仕事を集めるスキーム作りをお手伝いするのも当社のコンサルティングメニューの一つです。また生産現場のリードタイムを削減するような設計づくりもご支援しています。

――兵藤さんのおっしゃられる通り、デジタル印刷は「かき集める仕組み」と「こなす仕組み」の両輪が必要ですよね。

兵藤氏 イメージとしては「10万枚×1件」の仕事を追いかけるのではなく、「1枚×10万件」の仕事をかき集めることが重要になってきます。そのためには印刷営業が(印刷の仕事ではなく)ソリューション(仕組み)を売っていくというマインドの転換が必要です。当社ではSaaS(クラウド)/オンプレミス(自社サーバー)を問わず、お客様に規模にあったシステム開発も手掛けております。

デジタル印刷のメリットは「全体最適」

――ネガティブな質問で恐縮ですが、drupa2008が「インクジェットdrupa」と呼ばれてから16年、大きなブレークスルーが起きていないと私(光山)は考えています。デジタル印刷を普及・成功するためのカギとは。

兵藤氏 思い切ってオフセット印刷機を「捨てる」ことです。オフセット印刷機の償却を終えたタイミングとか、職人さんがいずれお辞めになるという前提があれば、デジタル印刷機にシフトするのは「あり」と思います。お付き合いさせていただいている印刷会社様では、最終目標として菊半オフセット機を捨てるべくトナー機に入れ替えたところ、営業利益が約30%上がりました。丁合機もいらない、版も出さない、職人もいらない。今後は枚葉インクジェット印刷機の導入も検討されています。

――版もいらない、職人もいらないというのはよく言われることですが、ページものの丁合工程がいらないのはデジタル印刷の大きな武器ですよね。

兵藤氏 その会社様は丁合のある(ページものの)仕事を重点的に請けて、工程をどんどんスリム化していく方向です。デジタル印刷の品質もお客様に認められているのにオフセット印刷でいく必要はないだろうと。

――オフセット印刷とデジタル印刷を1枚当たりの印刷コストで比較するのは間違いですね。

兵藤氏 そうです。丁合機も丁合オペレーターもいらないよ、CTPCTPオペレーターもいらないよと考えると、「全体最適」の面でデジタル印刷機の方が有利なことが多いのです。オフセット印刷会社の方は、「刷り」なら「刷り」とセクションだけで見てしまうので、工場全体の最適メリットがみえない。

私の知っている印刷会社様では、上流から自動でデータを流し、枚葉インクジェット印刷機(ワンパス)で印刷、中綴じ、三方裁ちして、梱包、発送するまでを、ワンオペレーションでやっている素晴らしい会社があります。しかも22歳の女性がご活躍されている。オフセット印刷と売り上げは同じだけれども人数は減るので、そこに大きな利益が生まれることをやっております。

――労働集約型の印刷産業の構造を変えられる。

兵藤氏 その通りです。今までの印刷産業は他産業に比べても売上のわりに人件費をかけすぎていました。昨今の人件費高騰をみても、自動化・省力化が重要になる。(売上を上げるよりも)そこから利益を生み出しましょうよという考え方にシフトしていると思います。

自社はフルデジタルで、オフセットは外注で

――これから印刷会社がオフセットからデジタル印刷に切り替える際に、兵藤さんの知見が生かされそうですね。

兵藤氏 経営者様の思いや会社の課題などを聞かせていただいて、お客様に納得していただくデジタル印刷の仕組みを構築するのが私の役割だと考えています。印刷の品質だけではなく、「この品質でよろしければ納期1日で出せますよ」といったメリットも提供できます。

――よく「QCD(品質・コスト・納期)のバランスが大事だ」といわれますが、過度な品質よりも納期を大切にされたいお客様もいらっしゃるわけですからね。

兵藤氏 どうしてもオフセットの品質がほしいというお客様がいらっしゃれば、その仕事を外注に出してもいい。当社はデジタル印刷で利益を追求する――という考え方もあります。

――よく「ハイブリッド印刷」という考え方で、損益分岐点はここで、これ以上はオフセットで印刷して、これ以下はデジタル印刷でこなす、という会社も多いですが。

兵藤氏 自社はフルデジタルでやって、オフセットは外注に回す。完全にスパッと分けた方が意外と利益ができることが多いです。「オフセットは印刷通販に任せた方が安い、デジタルは自社の方が利益を出せるので自動化や省人化を進める」という方向に向かう会社も出てきております。

必要なのはマーケティングマインド

海外での知見も生かしている

 

――「デジタル印刷は品質が良くない」というみなさまの先入観を払拭するには。

兵藤氏 品質が良くないと訴えるのは、たいていの場合お客様ではなく印刷会社や職人さんです。職人さんたちの立場が悪くなりますから。変化を嫌う方は一定数います。そういった方を説得して、変化させていくのは、まずは経営者のお力が絶対的に必要ですし、並走して弊社もお手伝いをしております。

――兵藤さんは海外のデジタル印刷の動向にもお詳しいですが、日本は遅れていますか、進んでいますか。

兵藤氏 お付き合いさせていただいている日本の経営者の方がすごすぎるので、麻痺しているのでしょうか。特段日本が遅れているとは思いません。高額といわれるインクジェット機を導入されて新しいビジネスモデルを確立される方のバイタリティというか…

――勇気というか決断力というか。

兵藤氏 そうです。結局(海外/国内ではなく)経営者次第ということかもしれません。日本はオフセット印刷機を効率よく回して、損益分岐点を下げて頑張っていらっしゃる印刷会社様が多いですから、そういった意味ではデジタル印刷の提案は少ないかな。

とはいえ、クライアントの都合で詳細は言えないのですがこの前、「オリジナル◯◯◯◯をブック・オブ・ワンで作りたい」というお客様のご相談があったのです。これはヨーロッパでは普通に製造・販売されているものです。

――1人1冊のオリジナルの時代にまで来たのですね。

兵藤氏 そうです。ただ日本の印刷会社では、まだブック・オブ・ワンで印刷・製本をすること自体進んでいないと思います。メーカーは対応しておりますが。どこで品質を担保するか議論が必ずあるので、なかなか思うように進んでいないのですが、とはいえ今後2,3年もすれば製造も普及するのではないかと思っており、今はコンテンツの普及活動を進めている状況です。

――デジタル印刷の品質についての議論に戻ります。日本ではガラパゴス品質といって、過度の品質要求をする方が10%くらいいる…

兵藤氏 そういった方に引っ張られてしまって、では今までどおりオフセット印刷で、という話ですね。

確かにデジタル印刷も、インクジェットで言えばごくまれにスジが入ってしまったり、グレーのトーンジャンプが起きてしまったりします。でもお客様は、プロモーションツールとして機能するのならば、なんの問題もないのです。地域別のプロモーションツールであればなおさらデジタル印刷の方が強いです。地域のコンテンツごとに小ロットで印刷できますし、在庫も最小限なので環境的にもメリットがあります。

ここに光山さんの会社(株式会社みつや)の会社案内がありますが、「ここにジャギーが入っているから御社とはお付き合いしません」とはならないでしょう。どういう会社で、どういう思いで、どういう営業提案なのかが伝われば問題ないわけです。営業、印刷、デザインと、作り手の側ほど行けば行くほど品質へのこだわりが出てきますが、必要なのはマーケティングの思考であって、全社的なマーケティングのマインドがこれからは必要だと感じております。

生産現場だからこそ生まれるアイデア

――そういった新しいマインドを醸成するのは、やはり若い世代なのでしょうか。

兵藤氏 ベテランの方が悪いというわけでは決してないのですが、私を含めやはり守りに入ってしまわれる方が多いと思います。逆に過去の成功体験で、オフセット印刷機を買えば儲かるといったような。それよりも、印刷業界に関係ない新しいプレイヤーや若い経営者が、「兵藤さん、会社を変えたいのだけれども」「デジタル印刷を軸に新しい新規事業を立ち上げたい」とご相談いただけるケースが多いです。

――若い人は「キラキラしている会社」というか、輝いている会社に入社したいですよね。

兵藤氏 「印刷会社には勤めたくない」と言う若者が多いのは、ドイツもアメリカも言っておりました。セクシーに見えないからみんなIT業界に行くのだと。そうであればデジタル印刷でデジタルとアナログを融合させるお仕事を若い世代に経験してもらえれば少しは変わるかなと。オファー頂いた会社には意識して若手にはお伝えをしております。

――新しいビジネスモデルを考え、デバイス(デジタル印刷機)に落とし込んでいく仕事の方が楽しいと思います。

兵藤氏 そうですね。ただ新しいビジネスモデルは、生産現場でデバイスを動かしている人の方が思いつきやすいです。

――そうなのですか。

兵藤氏 私自身生産現場の出身なので、生産現場で「このデジタル印刷機ならばこういったことができるだろう」と考えた方が、より実際的なビジネスモデルが構築できると思います。私自身生産現場を知っていることが一番の強みです。ですから若い世代の方々には率先してまずは現場に入りデジタル印刷の理解をして頂くこと勧めており、数年後若い世代から非常にワクワクするような企画が聞けることを楽しみにしております。

コンテンツバリアブルはこれから普及する

――工場の全体最適や在庫レス、さらにはサステナブルな側面からもデジタル印刷に強みがあることがよくわかりました。私の長年の疑問として、デジタル印刷のもう一つの売りである「コンテンツバリアブル」がなかなか定着しないと思っているのですが。

兵藤氏 コンテンツバリアブルはマーケティングの手段の一つであって、その販促効果をきちんと印刷会社の方がお客様に示していないからではないでしょうか。やはりマーケティングをしっかり学んで、費用対効果などを示せていければ、必ず定着していくと思います。

それから、先ほど言った「ブック・オブ・ワンのオリジナル◯◯◯◯」も、いわばコンテンツバリアブルですね。

――確かに。

兵藤氏 またオリジナル写真集を作るといった需要はこれから増えてきています。なぜならインスタ好き、SNS好きのデジタル世代の人たちがこれからいよいよ主役になっていくから。若い世代デジタルは知っていてもアナログに落とし込むことができない。その橋渡し役に印刷会社の1つのチャンスがあると思います。

弊社でもフォトグラファーの方がデジタル印刷で自分の写真集を作りたいという需要はとてもあります。表紙に購入者のお名前をバリアブルで入れてあげたら、5,000円の写真集が2万円でも売れました、特に海外では大人気です。これがバリアブルの価値だと思います。

――やはりマーケティングマインドが必要ですね。

兵藤氏 そうですね。私自身もマーケティングの資格を持っていますが、マーケターを思い切ってリクルートするという手もあると思います。デジタルファーストのマーケターと、実際にアナログ製品を作る人の両方が融合したときに、新しいビジネスが生まれると思っております。

デジタル印刷で夢をかなえる

――最後に伺います。兵藤さんと直接お会いするのは2度目ですが、かなり以前から存じ上げていて、みなさん「兵藤さんといえば『デジタル印刷愛』の人だよ」とおっしゃられています。兵藤さんの「デジタル印刷愛」の源泉はなんでしょうか。

兵藤氏 デジタル印刷は「僕の人生を変えてくれたもの」です。2年くらいコピーセンターで働いて、正直つまらないなと思っていた時期もあるのですが、プログラムを組んで自動面付するとか、そういった最先端の技術とデジタル印刷を組み合わせると新しいことができると知って、どんどん仕事が好きになりました。ただ私は「デジタル」だけでは楽しくなくて、最終成果物は紙というモノがいい。モノづくりがとことん好きで、そういった意味ではものづくりに携わるあらゆる方とお付き合いさせていただきたいと考えています。

――私はライターですが、ライター全員の夢は、本を出すことです。私はキンドル・ダイレクト・パブリッシング(KDP)というプラットフォームがあって、デジタル印刷があったから、ほぼ初期コストゼロで本を出すことができました。そういった意味ではITのプラットフォームとデジタル印刷に感謝しないといけません。最後に九州の印刷業界にメッセージを。

兵藤氏 デジタル印刷事業に踏み切れないという方はもちろん、兵藤と一度話してみたいという方もぜひお気軽にお声がけいただきたいと思います。来年にはデジタル印刷に特化した印刷通販サイトを開設する予定です。また 安価なWEBブラウザベースのMISも来年にはローンチ予定ですので、ご興味がありましたらお問い合わせください。みなさまとお会いできることを楽しみにしております。

パラシュート株式会社

〒812-0011
福岡県福岡市博多区博多駅前1丁目23番2号
ParkFront博多駅前1丁目5F-B

https://parachute-web.com/

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