
地域活性化事業の一環として農業に取り組む印刷会社が全国に見られるが、福岡県朝倉市の株式会社四ヶ所もその1社である。同社は2021年に地元農産物の通信販売事業「あさくら産直市場」を立ち上げるとともに、従業員の農園を法人化し、農業に進出した。農業にかける思いを、同社の四ヶ所大輔社長と、同社のデザイン部部長で篠原農園株式会社社長の篠原広美さんに聞いた。

農家と同じ目線に立つために始めた農業
――地元農産物の通信販売事業「あさくら産直市場」を立ち上げられた経緯から伺います。
四ヶ所社長 新たに始めたマーケティングのコンサルティング事業が思ったようにお客様に浸透しない状況があって、まずは自社でマーケティングの成功事例を作ってお客様にPRしようと考え、何を販売しようかと考えたところ、地元の農産物にたどり着きました。
――翌年には「篠原農園株式会社」を設立されました。
四ヶ所社長 無農薬のお米を販売していきたいという思いがある中で、自分たちが無農薬のお米を作る側に立たないと、契約農家の方と同じ目線に立てないという思いがありました。農家の高齢化による休耕地の問題もあり、農家の方が経営を継続できる環境をつくりたいという思いもありました。デザイン部の篠原部長の家が農家だった関係で、篠原家の農園を法人化しました。
――農業に進出する際のハードルはなかったですか。
篠原さん 私の家が代々農家で、土地や機械はあったのでハードルはなかったです。私自身も中学生のころから(田植え機やコンバインなど)機械を動かしていました。
――SNSやYouTubeなどでは、農業をゼロから始めて成功した事例などが紹介されていますが。
四ヶ所社長 農業は敷居が高いです。代々農家の方や資金がある方はともかく、1回失敗すると次のチャンスが1年後というビジネスですし、その間どうやって生活をしていけばいいのかという問題もあります。機械も高いですし、どうやって売ればいいかという問題もある。2年やっても5年やっても収益化できないという話もよく聞きます。
――御社の場合は印刷会社としてのベースありますし、篠原家の土地やノウハウもあったからハードルが低かったのですね。現在はどういう体制ですか。
四ヶ所社長 篠原農園株式会社の社長が篠原で、私が役員の2人体制です。田植え(6月ころ)や稲刈り(10月ころ)の繁忙期は四ヶ所の社員がヘルプに入っています。現在五反ほどですが、今年からは一丁八反まで広げる予定です。今後も高齢者で農家を続けていけないという方にはお声がけをしたいと思っています。
――売上や収支は。
四ヶ所社長 まだまだ赤字の状態ですが、売上は順調に伸びています。「あさくら産直市場」で販売していますが、今年は売り切れの状態です。
逆にいうとお米の仕入れで苦労しています。(最近のコメ高騰で)こんなにも農家の方々が簡単に契約先を変えてしまうのだというショックを受けています。われわれの思いが共有できていなかったのかなという反省はあります。
篠原さん 繁忙期にヘルプで行ったりすると農家の方とのお付き合いも深くなると思うのですけれども。そういった深いお付き合いをしなければならないと思いました。
社会課題解決のモデルケースに
――御社における農業の位置づけについて。
四ヶ所社長 ゆくゆくは印刷事業を超える事業の柱になると考えています。通販事業では印刷物もかなり派生しますし、シナジーもあります。ただ、(印刷業とは)まったく異なる事業に挑戦しているわけですし、新しい人材を雇っているわけでもないですから、私たち自身が成長していくことが大切だと思います。
篠原農園に関しては「スピード感」が課題ですね。(水資源や農薬、休耕地問題など)社会課題を解決していくには時間がかかる。ところが現実の問題として、今80代の方々が農家を担っている状況です。そういった(喫緊の)地域の課題に対して、われわれがペースを合わせていけるのかが重要だと思います。
――社会課題に対して、農家のみなさんに理解してもらうことが重要ということでしょうか。
四ヶ所社長 理解してもらうことはなかなかできないと思うのです。われわれが成功させて(地域のモデルケースとして)有名になっていかないと、地域の農家の方も振り向いてはくれないと思っています。
――今後の展望について教えてください。
篠原さん 朝倉のお米は美味しいという評価を得ています。そういった文化を絶やさずにしていきたいです。
農業はつらいことが多いですが、つらいことの中に喜びがあります。若いころはお米のありがたみとか、農業の大切さとかは実感していませんでしたが、年を重ねるにつれてあらためて感じています。
収穫した時、売れたときだけが喜びではなくて、私は田植えをした1週間後の景色が好きです。土泥でべちゃべちゃしていた田が、きれいな水面に生育した稲が広がる景色に変わるのをみると、嬉しいなと思います。つらいことを喜びに変えるものを作りたいなと思います。

四ヶ所社長 機械は高いですが、それぞれの農家が一式揃えるのではなくて、役割分担して機械を共有している、助け合っているという文化は、日本独特の文化だと思います。そういったコミュニティ文化がいま、崩れかけてきています。そういったコミュニティの担い手に、法人であるわれわれがなれれば、朝倉の農業の継続に貢献できると考えています。
10年やりきる覚悟を
――最後に新規事業を考えられている印刷会社にアドバイスを。
四ヶ所社長 四ヶ所に入社してから10年以上考えてきたビジネスです。考えなければ何も生まれないと思いますし、チャレンジして、失敗して、ということを繰り返して今につながってきたと思います。
「印刷業界は10年後こうなる(縮小する)よね」ということは、みなさん10年前から考えられていたと思います。今からでも遅くなくて、10年続ける事業の計画を練り、10年やりきる覚悟を持つことが大切だと思います。
私も未熟者ですけれども、成長していきたいと思います。