(右から)渕常務、副島専務、生方部長

福博印刷株式会社(佐賀市)は従業員212人を擁する全国有数の総合印刷会社であるが、2017年からAI(人工知能)を駆使した数々のソリューションを開発し、実績を重ねている。副島浩嗣専務取締役、渕隆之取締役常務執行役員、生方一成経営管理本部経営企画部部長の3氏に、同社のAI事業と印刷ビジネスの未来を聞いた。

チラシのPOSデータ解析からAI事業へ

――印刷業界では「AIの福博印刷」というイメージがあるほど、御社では長年AI事業に取り組まれてきました。きっかけについて伺います。

副島専務 当社は10数年前から(顧客である)流通業におけるPOSデータの解析を行ってマーケティング施策に生かすソリューションを提供しており、データを整理するノウハウを持っていました。そこに当時のAIが進化し、クラウド環境も整のったことで、整理したデータをAIに読み込ませればいろいろなことができるのではないかと考えました。AIを導入する下地が当社にはあったということですね。意外とすんなりAI事業に取り組めたと思っています。

――流通業のデータマイニングから始まったのですね。

副島専務 当社の売上の柱になっているのは(依然として)チラシです。ところがチラシの制作をしたいという人材がいなくなってきました。当社でもデザイン学校から入社した社員に定型のチラシを作らせると、(もっとクリエイティブな仕事がしたかったと)心が折れてしまっていたのです。

以前から定型の制作の仕事を海外に外注していたのですが、ご縁があって2019年にベトナム・ダナン市に現地法人を立ち上げ、定型の仕事をベトナムの約45人もの制作部隊に任せました。すると佐賀の本社がクリエイティブな仕事に集中できるようになった。そして政府が「働き方改革」を提唱する前から、残業が減り、離職率も改善することができました。

――定型的な仕事を現地法人に任せたのですね。

渕常務 いまでは現地法人のDTPに関するスキルも格段に上がりました。また、ベトナム・フエ大学の数値系/画像系AIの人材も今年新たに2名入社しました。(アノテーションなど)定型的な仕事だけではなく、プログラムも組んでもらいます。これからも現地のAI人材を継続して雇用する予定です。

――前回お話を伺った大村肇AIリサーチャーの入社も大きなターニングポイントだったのではないでしょうか。どのような経緯で入社されたのですか。

生方部長 佐賀大学の大学院生だった大村が佐賀市内のAI研究施設で当社の社員が登壇したセミナーを受講し、関心を持ってくれて入社してくれました。今では、佐賀大学との共同研究以外に、大村が特任講師を務めるなど、佐賀大学と良好な関係を築いています。

副島専務 大村がAI事業を引っ張ってくれています。ベトナムでも採用や研修に活躍してくれたのですが、やはり本社にもAI人材が来てくれないとね。

――大村リサーチャーは「地元の若者が、地元で働き、地元の課題解決に役立てるようないいサイクルが生まれるようにがんばりたい」と仰っていました。

生方部長 彼のような感性の若手が福博印刷に入社してくれればうれしいのですけれども、大手や中央に人材が流出してしまうのが現状です。もちろん地元の優秀な人材はぜひ獲得したいと考えています。

AIDMの反応率が2倍に

――あらためて御社のAIサービスについて伺います。画像認識・物体検知ソリューションの「AI-Scope」をリリースされ、カラスを認識して警音を鳴らす「CROW-AI」を提供されています。

副島専務 すでに鹿児島県の園芸企業が5台設置されています。競合の製品もありますから、よりブラッシュアップして農園のみなさまに選んでいただけるようにならないと。農園の鳥獣害は季節が限られますから、買取からレンタルに変えてコスト・パフォーマンスを上げるなどを行っています。

――AI技術を使ったDMのソリューションも提供されていると伺っています。

副島専務 一番わかりやすい事例でいうと金融機関のDMです。AIを活用してスコアリングすることで「このくらいの部数をこれくらいの顧客に送れば、このくらいの成果が出る」と計算してくれます。

生方部長 従来3万通のお客様にDMを送った結果の契約数が、1万5000通でも達成できるようになりました。反応率が2倍ということになります。

AIを使ったスコアリングによるDM発送事例(福博印刷ホームページより)

――202410月には郵便料金の値上げがあり、ゆうメール便も値上げの方向です。DMを作ってばら撒けばいいという時代ではなくなりました。

副島専務 そういった意味でも、全国の通信販売会社様などに費用対効果の高いDMを採用していただければと考えています。現在は、チラシに関する原稿作成をAIでできるように取り組んでいます。

――近年のブームである生成AIについては。

生方部長 社内においては「生成AIを使い倒してほしい」というメッセージを発しています。感度の高い社員においては、すでに企画書や画像のレタッチなどで使われています。

工場のモチベーション維持のためにも成長めざす

――御社はB系オフ輪3台、A系オフ輪1台をお持ちの印刷会社でもあります。

副島専務 今でも売上の9割以上を印刷が占めます。印刷市場は縮小しつづけるでしょう。その前に別のフィールド(事業領域)を作っておかなければなりません。

――やはり成長領域にシフトしていくというお考えですか。

副島専務 印刷メディアを提案しながら、新しい事業も開拓していくという、両建てで考えなければならないと思います。工場の従業員もいますし、レギュラーの印刷物をご発注いただいているお客様もいらっしゃる。協力会社様でも、いま以上にオフ輪の生産体制が維持できなくなっているかもしれません。

幸いにも、当社の印刷部門の売上は微増です。これからも微増でもいいから意地でも成長を目指します。印刷市場が下がるといっても、自社の印刷事業も下ると言ってしまったら、工場のモチベーションが下がります。

――市場は縮小しても、自社だけは成長するのだという強い意志が必要なのですね。

印刷ビジネスと新規事業を組み合わせて顧客の課題解決を

――今後の福博印刷の展望を教えてください。

副島専務 われわれ印刷会社は(基本的に)自ら新商品を作れません。ですから、お客様の課題に対してソリューションを提供していくしかないと思います。お客様の課題は、同じ通販業界でも、同じ流通業界でも、一社一社異なります。お客様一社一社に寄り添って、課題解決に取り組んでいきます。お客様に印刷物を納めっぱなしではなくて、お客様の売上や収支にまで(コミットしていく)。そうなると必ずしもペーパーメディアだけではない。

渕常務 当社は動画制作ひとつをとっても、ビデオテープの時代から20数年取り組んできました。現在も企業ホームページや採用説明会などの動画制作もかなりこなしています。そういったあらゆる施策をお客様とともに効果検証して、実行していくことができればと思っています。

――総合印刷会社ではなくて、総合ソリューション会社を目指すという方向ですか。

副島専務 数年後にはそういう会社になっていたいと思います。当社はデザイナーも、ライターも、AIエンジニアもそろっています。クリエイティブだけでなく、生産設備においてはPODも4台持ち、少部数からのオンデマンド印刷にも対応しています。

――新規事業に対する数値目標はありますか。

渕常務 当社では明確な目標値がありまして、新規事業で売上10億円を目指しています。現在は約6億円が未達ですので、みなさまの知恵をお借りしながら達成したいと思います。

――例えば10個のアイデアのうち、1、2個成功させればいいといったイメージでしょうか。

渕常務 いえ、「組み合わせ」ですね。お客様の課題に対して、複数のサービスや技術を組み合わせて、解決していくということが大切だと思っています。

多角化経営という意味合いよりも、印刷メディアを含めてお客様に提案していく。その結果、印刷以外の事業も増えていけばという考えです。

生方部長 コロナ前と比べても、DMのソリューションや環境対応の印刷物のお問合せや売上は確実に上がっています。そういった印刷メディアも成長領域と捉えています。

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