印刷業が縮小する中で、それを支えるポストプレス(製本・加工などの後加工)も衰退の一途をたどっている。機械の老朽化に加え、地域の加工業者の廃業も相次ぎ、いまや発注先の確保に苦労する印刷会社も少なくない。それは観光産業や製造業の商品管理などで必要な「荷札」についても当てはまる。
静岡県浜松市に根差した地域密着型の印刷会社として長年親しまれてきた株式会社第一印刷は2006年、荷札メーカーとしてのブランド「荷札屋本舗」を立ち上げ、全国の同業者に営業展開したところ、2800社からの注文を受ける全国トップシェアの荷札メーカーに飛躍を遂げた。同社のいわゆる「グローバルニッチ戦略」について分析する。

外注先での苦労をビジネスチャンスに変える
株式会社第一印刷は1969年創業、1997年設立の印刷会社。地域の企業から伝票類を中心にパンフレットやカタログなどあらゆる印刷物を受注していた。その中に荷札の仕事もあり、当時は地元に5社ほどあった荷札業者に外注していた。
しかし時代の流れととともに、荷札業者の廃業が相次ぎ、逆に需要が供給を上回る状況になっていたため、いつのまにか外注先の荷札業者の方が「殿様商売」をするようになっていた。印刷した仕掛品を届けても納期が過ぎるまで放置されたり、ナンバリングされた荷札に欠品のクレームがあっても無視されたりと、理不尽な対応が続いた。仕方なく他地域の荷札加工業者を探してもなかなか見つからない。ようやく見つけ出しても、電話応対もままならないなど苦労は続いた。
しかし、同社はそこにビジネスチャンスを見出す。荷札業者は下請け、しかも最終工程の部分加工のみなので、顧客の顔が見えない。零細企業が多いので電話応対もできず、せいぜい半径5~10㎞の商圏でしか営業はできない。なにより、荷札加工の外注先に苦労しているのは、全国どこの印刷会社でもおなじ状況なのではないか。それならば自社で製版-印刷-製本-荷札加工までを内製化し、全国の印刷会社にサービスを提供しようと考えた。2006年に荷札加工機1台を導入すると、荷札の一貫生産メーカーとしてのブランド「荷札屋本舗」を立ち上げ、ネット通販を開始した。

同業者からも感心される気配り
全国の展示会にも積極的に出展してきた。「ISOT展」「旅博」など異業種の展示会ではまったく手ごたえが感じられなかったものの、「HOPE」(北海道)「SOPTEC」(東北)「page」(東京)「JP」(大阪)「九州印刷情報産業展」(九州)といった印刷業界の展示会では確かな手ごたえを感じ、徐々に業界内での知名度を高めていった。その結果、本事業は2025年度、売上の約4割を占めるまでに成長、いまや同社の事業の柱の一つとなっている。
現在、荷札加工機は4台がフル稼働している。ロット300枚から100万枚を版下制作・製版・印刷・製本・荷札加工まで社内一貫生産でこなす。

強みはやはり徹底した顧客目線である。同社は地元・浜松の有力メーカーを含む地域の企業から直請けもしており、エンドユーザーの顔が見えるため、細かな対応に心を砕いてきた。例えば梱包の箱ひとつとっても、直接送り状を貼らないので顧客に配送するときに再梱包の必要がない、箱をテープで閉じていないから内容物の確認が容易にできる、お客様のサンプルなどは専用の封筒に入れる、結束バンドはPP製から紙製に変え分別廃棄の手間を省く――など同業者からも感心される気配りがなされている。社内一貫生産から生み出される高品質はもちろん、納期遅れゼロ、信頼できる価格など、QCDの追求を怠らない。こうして北海道から沖縄まで2800社の顧客を獲得し、印刷会社からは「荷札といえば荷札屋本舗」という知名度を得るまでに至った。
地域密着とグローバルニッチの「二兎」を追う
語弊を恐れず言えば、第一印刷の荷札ビジネスは残存者利益を活かした戦略である。その第2弾として、2025年2月に開始したのが、裏カーボン伝票製造の「カーボン屋本舗」である。カーボン印刷機を全面的にオーバーホールし、同社工場内に設置、これも版下制作・製版・印刷・カーボン印刷・製本加工までを一貫生産する。5月に「2025九州印刷情報産業展」に出展したところ引き合いが多く、業界ニュースサイトにも取り上げられたため問合せも多く来ている。
実は同社では第3弾となるプロジェクトもすでに構想中だ。地域に根ざしながらも、ニッチな領域で全国から選ばれる存在に。社会貢献とビジネスの両立を目指し、社員のモチベーション向上にもつなげていきたいと考えている。

印刷会社の社員の高齢化が問題となるなか、同社社員の平均年齢は34歳と若い。そのリーダーとして今年6月に就任したのが、大見信二社長(35歳)である。大見社長は愛知県出身、名古屋の大学を卒業後、大手建築資材勤務を経て2019年に第一印刷に入社した。「印刷は建材と異なり一品一葉。大変さもあるがお客様の願ったものを一から作り上げられる喜びもある。お客様に第一印刷のファンとなってもらい、お客様から必要とされる関係づくりを目指したい」と抱負を語る。
2009年当時静岡県西部にあった主要印刷会社23社のうち、2025年現在も残っているのは14社のみ、そしてほとんどの印刷会社が売り上げを下げ苦戦する中で、売上を140%まで伸ばしたのは第一印刷のみである。地域密着もひとつの戦略であるが、地域とグローバルニッチの二兎を追う戦略は、多くの中小印刷会社にとって参考になるのではないだろうか。