
画像生成AIの実用化によって、デザイナーの仕事はどうなっていくのだろうか。デザイナーの新たな役割と可能性は。グラフィックデザイナーとして第一線で活躍されている樋口泰行氏に画像生成AIの現状と未来を聞いた。
レタッチ作業が劇的に効率化
――樋口さんに初めてお会いしたのは2025年7月10日に開かれたモトヤコラボレーションフェア2025TOKYOのセミナー「今、仕事に活用できる画像生成AIとその進化」の講演でした。印刷業界では珍しく、若いデザイナーが100人以上集まり、熱心にレタッチ(画像補正)のティップスを学んでいたのが印象的でした。
樋口氏 現役のデザイナーほど危機感を持っていると思います。昨年も大変好評をいただき、今年もということで講演させていただきました。昨年と今年ではまたできることが進化しているので、昨年との変化も実演させていただきました。セミナー後にもAdobe Photoshopはバージョンアップされていて、「調和させる」という機能が追加されました。例えば動物の画像などを全体画像に入れて「調和させる」をクリックすると、色味などを背景と調和させて影までも生成してくれます。
――プロンプトを打って1から画像を生成する機能はよく知られていますが、画像のレタッチでここまで生成AIが使えるとは正直いって知りませんでした。
樋口氏 つい最近まで生徒に「電線を消す」「ガラスの映り込みをなくす」などの宿題を課していたのですが、1日かかっていた上に見映えもあまりよくなかったです。今はAdobe Photoshopに実装された生成AI機能を使えば数分で補正できます。このような宿題を今後出しても意味がないなと思っています。
――講演ではAdobe Photoshopの8つのティップスを紹介されていましたが、これをマスターしている若いデザイナーはどれくらいいますか。
樋口氏 まだ5%くらいだと思います。
――残りの95%のデザイナーは淘汰されてしまうのでしょうか。
樋口氏 昔は現場でレタッチのスキルを叩き込んでいましたが、今はAdobe Photoshopに生成AIが実装されているので、バージョンアップとともに、生成AIと気づかないうちにマスターしてしまうと思います。生成AI機能が他の機能と溶け込んでいき、「生成AI」と呼ばれなくなるかもしれないです。むしろ気を付けなければならないのは、定期的にAdobe Photoshopもアップデートされてしまいますから、新しい機能を知らずに使ってバグを起こしてしまうなどの点です。
――そのほかにもDTPオペレーターの心得はありますか。
樋口氏 クライアントが知らず知らずのうちに生成AIの画像を使っている場合があるということです。大手プレミアム会員カードのホームページの画像が、なぜか画像生成AIで作られており、手の指やカードが歪んだりした画像が拡散された事件もありました。クライアントを巻き込んだ、生成AIに関するルールを決めなければならないと思います。
画像生成AIはデザイナーを助けるツール
――生成AIがここまで実用的になったのはいつごろからでしょうか。
樋口氏 やはり(生成AIツールの)Adobe Fireflyが登場して、Adobe Photoshopに実装された2023年末くらいからでしょうか。それまでもAdobe Senseiというブランドで生成AI機能はあったのですが、正直に言って使い物にならなかった。ところがChat GPTが登場してAdobeにも火が付いたのでしょうか、劇的にレタッチ作業に使えるようになりました。
――1から画像を生成することもできますが、レタッチなどの反復作業に役立つのがいいですね。
樋口氏 今まで面倒だった作業を生成AIでやってもらい、デザイナーにはクリエイティブに集中してもらうというのは方向性として正しいと思います。Adobeはデザイナーのためにソフトを開発してきた寡占企業ですから、基本的にデザイナーのためのソリューションを提供していくと思います。その点が新興のAI企業とは違う点ではないでしょうか。現時点では、Adobeの方向性をキャッチアップすれば大丈夫だと思います
――デザイナーの付加価値が奪われるという危惧はありませんか。
樋口氏 もちろんあります。レタッチだけでなく、例えばChat GPTにスクリプトを書いてもらって、デザインの作業を半自動化することもできます。上手にAIを使いこなせる人ほど(時間給のために)割が合わないなどの事態もありうることです。
――以前もExcelのマクロを覚えた人ほど忙しくなるという理不尽な状況もありました。
樋口氏 そうならないためにも、成果物に対しての報酬をもらえる仕組みにしなければならないと思います。もうひとつは生成AIでクリエイターの画像を無限に生成することで、お金を得ている人がいるという現状です。
――クリエイティブに対価が支払われなくなるということですか。
樋口氏 ただ、これほど生成AI画像が氾濫してしまうと、再び(人間の)クリエイターが作るデザインが好まれる時代がくると思います。揺り戻しがくるということです。その時に、クリエイターの作家性やストーリー、テイストが(著作権で)守られなければならないと思います。
――画像生成AIによってデザイナーの可能性はどう広がっていくでしょうか。
樋口氏 まだβ版ですが、PhotoshopやIllustratorで画像を回転させたりする機能も搭載されています。印刷系のDTPオペレーターが苦手としていた3Dや動画に関しても、生成AIによって取り込めるようになるかもしれません。Adobeのツールは基本的にデザイナーを助けるためのツールで、置き換わるツールは開発しないと思っています。
樋口泰行氏
グラフィックデザイナー。大阪芸術大学デザイン学科卒。デザイン書籍の企画・執筆やデザインの講師を務める。東京工科大学・東洋美術学校非常勤講師。DTPエキスパート・JAGRAコンテスト問題作成委員。Adobe Community Evangelist/Expert。主な著書は『DTPエキスパート・マイスターBOOK』(JAGAT)