
点字印刷というとエンボス式の紙点字や、スクリーン印刷によるニス加工が連想される。実際に全国の郵便局に設置してあるパンフレットなど、一般的に普及しているのは紙点字である。
ところが、実はオフセット印刷でも点字印刷ができることをご存じだろうか。欧文印刷株式会社(東京・文京区)が2013年に自社開発したUV硬化型ニスを使用したオフセット印刷ならば、毎時5000回転で点字印刷ができる。健常者が使うガイドマップにニス加工をすることで、健常者も視覚障害者も同じ地図を見ながら行動できるという「究極のユニバーサル・デザイン」でもある。開発当初は産業紙の一面トップで取り上げられ、障害者向けの展示会などにも積極的にPRしたが、市場の複雑さなどもあってなかなか普及には至らなかった。しかし改正障害者差別解消法の施行(2024年)などを背景に、再び脚光を浴びつつある。同社の和田美佐雄社長と上野智義ドキュメント制作室シニアチームリーダーにお話を伺った。

点字印刷の表現力広がる
外国語翻訳など幅広いソリューションで知られる欧文印刷が点字印刷を展開したのは、当初からユニバーサル・デザインを志向したからでも、市場性に注目したからでもない。自社のUVオフセット印刷機によるニス加工で、どんな技術開発ができるかを試行錯誤した結果である。2008年には一般の印刷用紙にニスを加工しホワイトボード機能を持たせた「ケセルシ印刷」、そして複数のニスの反発作用を利用して艶感とざらざら感を併せ持った「ウルシ印刷」を開発、前者はステーショナリーブランドの「nu board」として、後者は著名なデザイナーに積極的に採用されるなどして、同社の高付加価値印刷の一翼を担っている。
オフセット印刷機によるニス加工は、「ウルシ印刷」で培われた、複数のニスの反発作用を利用した原理を、盛り上げ印刷に応用して、点字印刷に使えないかというアイデアから生まれた。高速で点字印刷するとニスが流れるなど課題があったが、最適な湿度・温度管理などの経験値を蓄積して、2013年に世界初のオフセット印刷による点字印刷が完成した。なお技術開示をすると模倣の恐れがあることから特許は取得していない。
開発当初は社内でも疑問符が付けられていたという点字印刷。「市場性も疑問符が付いたが、点字・触知図製作の品質レベル、点訳や触知図の表現と印刷品質など、トータルで視覚障害者の方々にとって分かりやすい印刷物に仕上がっているか等々、検討、改善すべき点が多々あります」(和田社長)。
10年以上点字印刷の制作に携わる上野シニアチームリーダーも点字の奥深さを話す。「例えば同じ3ミリの間隔でも、全体の構成によって『狭い』と言われることがあれば、『わかりやすい』と言われることがあります。また健常者にはわからない指の感覚も、生まれつき視覚障害を持つ方は敏感です。健常者が点字原稿を理解するのは相当な努力が必要です」。
それでも、オフセット印刷による点字印刷には大きな可能性がある。1つは生産性で、紙点字はもちろん、スクリーン印刷機によるニス盛り上げ印刷よりも5倍以上のスピードで印刷できるため、安価・大量に生産することができる。
そして紙のエンボス式でできない直線や曲線の表現ができため地図(触知図)の製作ができるというのは大きな特長である。健常者が使う地図の上に触知図を形成することで、健常者/視覚障害者を問わず一緒に地図を共用できるという、ユニバーサル・デザイン(UD)のメディアといえる。
障害者が安全に街を歩ける環境を
開発当初は見向きもされなかったというオフセット印刷による点字印刷だが、展示会へのこまめな出展、障害者差別解消法の施行など時代の流れ、そして同社の点字印刷への取り組みが徐々に認められ、美術館・博物館のフロアマップや、駅の構内案内図、福祉防災マップなど、採用をかさねていった。最近では大阪万博の案内図の事例が全国紙に取り上げられ、問い合わせも増えている。

普及に向けて障害者の団体などのタイアップなどが重要ではないかとの質問に対して和田社長は「まだまだ社会福祉法人の方々にアドバイスをいただいている段階」と語る。「触知図ができることはわかった。でも本当に触知図だけで東京の街を安全に歩けるのか、これからも検証を続けていく必要がある。製品ありきではなく、ソリューションとして視覚障害者のための環境を作らなければならない」。
上野シニアリーダーも「気づきをいただけることが多い」と話す。「視覚障害者の方に伺うと、『掛け軸』や『(飲食チェーンなどの)ロゴマーク』などは言葉では知っていても、実際にどんなものかわからない、という方もいらっしゃる。そういった方に触知図を使って伝えるととても喜んでいただける。点字印刷の可能性をこれからも模索していきたいと思う」。
実際に同社では、『富岳三十六景』の制作プロセスを触知図で知ってもらう冊子や、触ってアートを体感できる展示会などに協力することで、点字印刷の可能性を広げている。また音声ペンで触れると音声が流れるマップやスマートフォンでのソリューションなどにも取り組んでいる。
視覚障害者は増加傾向にあるが、先天盲で点字を読解できる人は減少している。マーケットは必ずしも大きくはない。それでも同社は、オフセット印刷での点字印刷による可能性を追究し、ソリューションの幅を広げていく。