福博印刷株式会社(佐賀県佐賀市)は2017年からAI事業を立ち上げ、DMの送付先をAIが選定するソリューションが金融機関で採用されるなど実績を重ねている。画像認識AI技術においてはカラス追払いツール「CROW-AI(クロウアイ)」を開発、第一次産業の比重が大きい地方ならではの課題解決に取り組んでいる。
2011年からデータマイニングによる販促支援を開始
福博印刷は1948年創業、従業員212人の総合印刷会社。地元の小売・流通業から金融機関まで、さまざまな業種の顧客を持つ。印刷物にとらわれない販売促進支援の必要性から、2011年にはコンサルティングチーム「流通ドット・ジェーピー」を立ち上げ、小売・流通業のPOSデータをデータマイニングし、マーケティング施策に生かすソリューションを提供していた。
そういった土壌から2017年にAI事業を開始した。当初は福岡県福岡市のベンチャー企業グルーヴノーツ社のノーコードツールを使ったAI予測モデルの提供だったが、2018年には早くも自社開発のソリューションが実を結ぶ。ダイレクトメール(DM)の送付先をAIが選定する「AI×DM」が地元金融機関に採用されたのだ。預金残高などから機械学習して顧客をスコア付けし、DMの送付先をスコアの高い顧客に絞ることでレスポンスの向上とコスト削減を実現した。金融機関ではローン契約など顧客一人当たりの売上単価が非常に高いため、レスポンスの向上は大きな成果となり、2024年現在でも継続して採用されている。
画像認識技術に注力
現在、福博印刷がもっとも注力を入れているのが、AIによる画像認識ソリューション「AI-Scope」である。
同ソリューションのキーパーソンが、ビジネスソリューション事業部データビジネスソリューション課所属でAIリサーチャーを務める大村肇さんである。1991年に福岡県北九州市で生まれ、高校の数学教師を目指して佐賀大学理工学部に入学、そこで画像認識技術に出会い、研究に没頭した。しかし「大学院で研究に没頭するなかで、学術研究とビジネスとの乖離が大きい現実を感じ、研究を社会の課題解決に生かしたいという思い」が強くなり、佐賀市内のAI研究施設「Microsoft AI & Innovation Center SAGA」でセミナーを受講したところ、講師が前述のデータマイニング事業を行っている福博印刷の社員だった。「もともと地方志向が強く、これはチャンスだと思った」という大村さんは2019年、福博印刷に入社した。
2020年に「AI-Scope」事業がスタート、2021年には最初の商品である顔識別AI付非接触型検温カメラ「TAION Manager」をリリース、コロナ禍のなか食品工場や介護施設などで採用されている。
カラス被害対策「CROW-AI」
画像認識ソリューションのなかで、ヒット商品となりつつあるのが、カラス被害対策AIソリューション「CROW-AI」である。従来の農園でのカラス被害対策機は、定時に警告音を鳴らしてもカラスはやがて慣れ、効果がなくなってしまうが、この「CROW-AI」ならばAIがカラスを認識し、リアルタイムに警告音を発報、そのためカラスは警戒して近寄ることができない。ある果樹園で採用されると、カラスの飛来数は87%減少、収穫量が116%アップしたという。
大村さんは「第一次産業の比重が大きい九州ならではの商品で、営業に力を入れていきたい。当社はさまざまな業種のお客様がいらっしゃるが、農業ビジネスの方々へのアプローチは課題であり、パートナー企業を含めた営業体制を整えていきたい」と話す。ただ「CROW-AI」は新たな顧客開拓にもつながるとも考えているという。AI事業には現在、大村さんを含め5人のデータサイエンティストやAIリサーチャーが携わっており、研究開発体制は整っている。
地元の人材が地元の課題に答える社会を目指して
生成AIブームの昨今であるが、画像認識系のAI技術にはインフラの補修や工場の検品などポテンシャルは非常に高い。福博印刷は2019年から佐賀大学理工学部とAI分野での共同研究を行っている。
課題は人材流出である。佐賀大学をはじめ、九州の大学生でも、卒業後には関東圏の企業を目指す人が多い。佐賀大学理工学部特任講師も務める大村さんは「地元の若者が、地元で働き、地元の課題解決に役立てるようないいサイクルが生まれるようにがんばりたい」と話している。