宮崎南印刷は2012年に電子書籍ポータルサイト「ミヤザキ・イーブックス」を開設、印刷物と電子書籍やWebとのパッケージ提案により行政へのプロポーザルで大きな成果を挙げている。今やこのビジネスモデルは29都道府県の印刷会社に広がり、「一般社団法人ジャパンイーブックス活用研究会」へと発展、電子書籍プラットフォームのみならず企画書やデザイン案などを共有する組織となっている。大迫雅浩代表理事(宮﨑南印刷社長)に、ジャパン・イーブックスの歩みと特長を聞いた。
印刷会社がやるべきITビジネス
――総合印刷会社である宮崎南印刷が電子書籍サイト「ミヤザキ・イーブックス」を開設されたのは2012年と伺っています。その背景を教えてください。
大迫社長 私が宮﨑南印刷に入社したのは2000年ころでしたが、1991年からすでに印刷市場は急激に縮小していました。私は室長・専務といった役職だったもののトップセールスを上げなければいけない立場でしたが、チラシをはじめ印刷の仕事は激しい価格競争に陥っていて、結局東京や大阪の大手印刷会社・大手広告代理店に仕事を取られてしまう。(固定費が低い)地方の方が価格は安いという時代は終わっていて、用紙を大量に安く仕入れられる大手に仕事を取られてしまっていたのです。
一方官公需は、電子入札などの動きもあって熾烈な競争を回避し、意図的に売上の1割程度に落としていた時期もありました。それでも入札案件は多く、魅力のある仕事でもありました。そこで官公需の受注を復活させようとしたのですが、当時のプロポーザル案件の勝率は2割5分ほどで、コンペに負けた社内の制作や企画部門は疲弊してしまい、印刷物の民需・官公需とも厳しい時代になりデジタルメディアも取り込んでいかなければこの先は厳しいと考えるようになりました。
とはいえ、デジタルメディアも決してブルーオーシャンではありませんでした。当社のようなベタな(典型的な)印刷会社がデジタルメディアに挑戦するには何がいいのか、何を強みにすればいいのか、悶々としました。
そしてあらためて印刷会社の強みはなにか洗い出しました。1つは(コンテンツに対する)信頼性です。辞書や受験対策問題集の内容を疑うことがないのは、印刷会社が(奥付に署名することで)情報の正確性を担保しているから。これはすごいことですよね。
もう一つは、やはり印刷物のデータそのものです。官公庁が望まれているのは、印刷物に書かれた情報をよりたくさんの市民にお届けするということ。役所は手元の5000部の印刷物の在庫が切れてしまっても、数万人、数十万人の市民に情報を拡散したい。そのためには今ある印刷物のデータを当時は先進的だった電子書籍化をして、より多くの市民にお届けするプラットフォームを作ることだと思い立ちました。
2012年の国際電子出版EXPOに出展すると決めてから出展するまでの8か月間、通信から(動画などの)コンテンツ、デバイスまで、さまざまなジャンルがある中で、当社は電子書籍のポータルサイトの提供に絞りました。印刷会社は印刷の制作をするにあたり、人と設備に莫大な投資をしてきており、いきなり右から左へとデジタルに舵を切るのは難しい。やはり今ある資産である印刷物(PDFデータ)を電子書籍化して提供することが、印刷会社が最初に取り組むべきITビジネスだと考えたのです。
印刷データをPDF化するにも有料なのが当たり前だった時代に、われわれはフリーミアムの時代が必ず来ると考え、先んじて無償で電子書籍を提供しました。印刷会社は原反(元データ)はもとからあるわけですから、無償化も容易だったわけです。
第一フェーズは行政へのアプローチ
――最初に着目されたのが行政への提供だったと伺っています。
大迫社長 行政のニーズはなにより市民への広報で、より多くの市民に情報をお届けすることが目的です。そこで「印刷物を納めるのに加えて、ポータルサイトに電子書籍データ掲載し、特設サイトまでを無償で閲覧できるようにしますよ」と提案するのが、われわれの必勝パターンでした。またその先の効果にこだわり、予算に余力があれば時には動画までサービスすることもありました。結果的に2割5分だったプロポーザル方式のコンペの勝率が、8割に跳ね上がり、疲弊していた制作・企画部門のモチベーションも上がりました。電子書籍はもちろん、公開サイト(特設サイト)までも無償で提供する会社は他にはなかったので、同業他社との差別化にはうってつけでした。
――最初は何人で立ち上げられたのですか。
大迫社長 私と社員1名の2名で企画を役員会に諮ってもらったのですが、営業部門から猛反対を受けました。何より印刷物のリピートが(電子化により)失われるだろうと。全社的な理解は得られず、結局プロジェクトチームは有志で募った総勢4名で、通常の業務が終わってから4人で夜な夜なミーティングをしたりしましたね。顧客からデジタル化の要望が当たり前のようにきはじめて、コンペの勝率があがったことや全国に横展開が拡がりはじめると、徐々に全社的な理解を得られるようになりましたが、それまでに4~5年はかかりました。
「ジャパン・イーブックス」に発展
――国際電子出版EXPOでは同業社への参加も呼びかけられ、電子書籍ポータルサイトの全国版「ジャパン・イーブックス」の開設につながりました。その経緯を教えてください。
大迫社長 国際電子出版EXPOへの初出展では、「同業社の方から1,2社でもお声がけいただければいいな」とは思っていましたが、奈良県の株式会社JITSUGYO(旧・実業印刷)や香川県の株式会社広真、といった名だたる印刷会社からもお声をかけて下さいました。みなさまのお声を聞くと、他の出展社に比べて「ナマっぽい」とおっしゃるのですね。地方の印刷会社の業務プロセスを考えても、(印刷物の電子化サービスは)リアリティがあったのでしょう。それからも口コミやメディアの露出で各県からお問合せをいただき、2014年12月に一般社団法人ジャパンイーブックス活用研究会を設立することになりました。
社内から反対はありましたよ。せっかく自社で培ったノウハウをなぜ同業他社に提供するのか、そもそも収支会計を公開しても大丈夫なのか、(われわれが創設したのに)全国各社のうちの1社に埋没してしまっても構わないのか…などなど。それでも私は、まずは公平を保ち、全国の仲間がこの仕組みを紡いでいけば、仮に私や当社に何かがあったとしても、この仕組みは永続していけると考えたのです。
一般社団法人ジャパンイーブックス活用研究会は、私どもも含めて各県の印刷会社が平等に1票ずつ持つ対等関係にあります。同じベクトルを持つ会社同士で、各都道府県1社なのでバッティングすることもありません。全国組織なので、例えば九州エリアの電力会社や鉄道会社、経済産業局などの顧客にも、九州エリアのメンバーがブロックとして協力することで、アプローチをかけることも可能で、実際の仕事の受注につながった実績もあります。地域を超えた連携ができることも大きな特長で、各県内に留まっていた印刷会社も(九州地区、四国地区などの)ブロックに、そして全国へとステージを上げることができるのです。
もう一つの特長は全国各社のメンバーとの情報交換です。例えば毎年開催している「JAM(Japanebooks Accelation Ⅿeeting)」という全国情報交換会と、各地区のブロック会議です。
企画書からデザイン案まで「使える」
――私も以前「JAM」を取材させていただいたことがありますが、「そんなことを話してもいいの」と思わせるような、生の情報を提供されているのが印象的でした。コンペに勝ったとか負けたとか、どうしたら勝てるかとか。
大迫社長 成功事例、失敗事例、コンペの裏話、営業ノウハウまでを包み隠さず全て聞けるのがジャパンイーブックス活用研究会の良いところです。
共有という意味では、プロポーザル企画書の共有サイト「nekonote」(ネコの手)を開発しました。メンバー各社の企画書が見られるだけでなく、(版権に関係なく)「使える」という会員限定のサイトです。
行政が抱える様々な課題は、実は全国共通の部分があります。例えば国から省エネ関連の予算が下りてくれば、各地方行政がそれに対して予算を組みます。ある行政では省エネ家電を推奨したり、ほかの行政では電動アシスト自転車の購入に補助金を出したり。そういった意味では全国で情報や企画書を共有できることにはとても意義があるのです。
印刷産業は元来受注産業ですが、「あの市町村ではこういう取り組みをしてこれだけの効果がありましたよ」という情報を行政に提供することで、能動的な提案ができるようになります。グループチャットではメンバー同士でそういった質問をしたり、最適な業者を探したりもできます。誰かしらが必ず答えてくれるといった強固なネットワークが構築できています。行政のニーズや課題、そして攻略法までもが共有できる、すごい組織になったなと思います。
企画書だけでなく、デザインコンペで不採用になったデザイン案も共有しています。せっかく素晴らしい出来栄えでも、さまざまな事情で採用に至らなかったデザイン案があります。しかしそのデザイン案は他の行政では採用されるかもしれません。そういったデザイン案をも見てもらい、使ってもらえるようにしました。自分たちの創った素晴らしいデザインが改めて日の目を見ることもあり製作者もとても喜んでくれています。
電子書籍だけではない加盟のメリット
――現在全国29社が加盟されています。各社の実績や成功事例は。
大迫社長 秋田イーブックス(秋田協同印刷)ではプロポーザル案件の勝率100%、20連勝を達成しました。岐阜イーブックス(太洋社)は参考書など教育教育出版に特化した印刷会社で行政取引やコンペの参加経験のない会社でしたが、ジャパンイーブックス活用研究会に加盟してからノウハウを蓄積し、デザインやITの人材を入れられて、官公需や一般印刷のプロポーザルも手掛けられるようになりました。兵庫イーブックス(ロータリービジネス)も当初はフォーム印刷と介護用品の卸を主力とされていましたが、行政へのプロポーザル案件もこなせるようになり商業印刷部門の拡充に成功しました。
――宮崎イーブックス(宮﨑南印刷)の事例でいうと、市町村の歴史的・文化的資料をデータアーカイブス化する「市町村アーカイブス」は素晴らしいアイデアだと思いました。私は郷土史に興味がありますが、史料を自宅からでも検索して閲覧できるのは助かります。市町村には歴史の積み重ねがありますよね。
大迫社長 行政には膨大な紙の資料がありますが、紙は劣化したり散逸したりしてしまいます。実は「市町村アーカイブス」が動き始めたのは2011年の東日本大震災がきっかけなのです。沿岸部の宮崎県高鍋町が、(津波で)紙の資料が散逸されるのは怖いということで、ご提案したところ補正予算を組んでまで採用して下さいました。行政の課題を解決することで、今までの自社と顧客との立ち位置も変わってきますよね。
――一般社団法人ジャパンイーブックス活用研究会から得られるのは電子書籍のノウハウだけではないのですね。
大迫社長 例えば「JAM」をあえて地方で開催しているのは、その地方の主幹会社がイベントのノウハウを培ったり、イーブックス事業の社内理解の浸透ができることと、また、実際に繋がりたい(仕事上の)キーパーソンを講師などにお招きすることで、繋がっていけるからです。実際に繋がりができ仕事の受注にもつながった事例もあります。
私自身もこれまでの経験でノウハウを蓄積でき、イベントの運営や(事務局運営や封入封かんなどの)BPOの複合案件を受注することができました。GIVE&TAKEと言いますが、与えるだけではなくて、得られたものもとても大きいです。
「印刷の出身者」としてのノウハウを生かし胸を張って仕事がしたい
――ジャパン・イーブックスは都道府県につき1社のみ加盟可能で、空いている都道府県は青森、岩手、新潟、埼玉、東京23区、千葉、山梨、愛知、滋賀、三重、和歌山、大阪、島根、鳥取、広島、鹿児島、沖縄のみとなりました。加盟への呼びかけをお願いします。
(※東京は多摩エリアのみで加盟済、宮城、富山、熊本はお問合せくださいとのこと)
大迫社長 印刷市場の縮小は止められないと思いますが、印刷会社がやるべきこと、やれることはまだまだあると思います。印刷会社だからやるべきITビジネスをご一緒に考えていただけたら。私自身、最前線に立って皆さまと一緒に汗をかきたい人間ですし、できない理由をあれこれ考えるよりも、どうやったらできるかを考えることが大好きな人間です。
印刷業界の未来は見通せません。私はこの先も印刷業界の出身として胸を張って、先人が培ってきたメディアの訴求力とか、信頼性とか、デザインの力など素晴らしい印刷文化を生かした新しいビジネスに挑戦していきたいと考えています。