
日本への鉄砲伝来の時期は1543年なのか1542年なのかいまだに議論の決着をみないが、西洋活版印刷機の伝来の時期ははっきりしている。1590年である。イエズス会宣教師ヴァリニャーノが企図した天正遣欧少年使節が、日本での布教を目的にヨーロッパから印刷機を持ち帰ったのである▼一般には、使節団に随行し、『原マルチノの演説』を印行したコンスタンティノ・ドラード(日本人)が有名だが、同じく日本人修道士ジョルジェ・デ・ロヨラの功績も見逃せない。なぜなら前期キリシタン版の活字をデザインしたのは、ほかならぬロヨラ修道士だったのである。彼は帰国前のマカオで客死しているから、キリシタン版の印刷開始以前に、貴重なフォント・デザイナーを失ったことになる▼後期キリシタン版の活字制作者イチク・ミゲルも1605年に病没した。キリシタン版は一般には1614年のバテレン追放令によって終わりをつげたといわれているが、彼らの死ともにキリシタン版の発展の道は閉ざされていたのかもしれない▼多くの外国人歴史家が注目するように、日本では江戸時代に入り活版印刷も、鉄砲も衰退した。活版印刷があざやかな復活を遂げるのは、幕末・維新の本木昌造らの登場を待たなければならない。(光山)














